【初心者向け】2020年台湾総統選挙・立法委員選挙を総括する① 台湾総統選挙の名脇役

台湾情勢コラム

習近平国家主席の大チョンボ

2016年に発足した蔡英文政権だが、その鳴り物入りの登場とは裏腹に、実は失政続きであった。日本のメディアは蔡英文氏を「独立派」と書いていることが多いが、実際は逆である。対中国政策が穏健すぎて彼女に投票した有権者からそっぽを向かれ、対中にかけては強硬派すぎてアメリカから自制しろと叱られた陳水扁元総統には、蔡英文生ぬるいと叱られたほど、彼女は「軟弱」だったのである。

さらに、彼女自身「いちばん支持率が高い時にいちばん嫌われることをする」という独特の政治哲学を持っており、台湾のためを思って次々と政策を打ち上げた結果、支持率急降下につながってしまった面もある。

これを語ればキリがないが、少なくても2019年のはじめ時点では、蔡英文は「死亡」していた。再選を目指す彼女に対し、民進党内で蔡英文下ろしまで発生していたという話もある。

そんな矢先、海の向こうの習近平国家主席は何を思ったか、

「台湾よ、一国二制度で『統一』しないか」

と台湾に呼びかけた。

台湾はもちろん反発、蔡英文総統は即日声明を出し拒絶した。

その結果、15~20%と低空飛行を続けていた支持率は急上昇。調査期間によっては60%に爆上がりという結果も出たという。ゲームに例えると、習近平はHP2の蔡英文にとどめのメテオを放ったつもりが、コマンドを間違えてエリクサーを与えてしまったようなものである。何やってんだか。

おそらく、国際政治史において100年語られるだろう大チョンボである。

この結果は、見方を変えれば習近平の一国二制度の提案への住民投票であり、台湾人がNOを突きつけたということである。

習近平に限ったことではないが、中国の台湾に対する認識は実に甘い。

李登輝(当時総統)「江沢民さんに会う機会があったらこう言いたい『台湾政策や国家統一という問題をいう前に、台湾とは何かということを研究してみてはどうか。昔流に台湾人民を統治するという考えでは、別の二・二八事件が起きますよ』と」

司馬「中国のえらい人は、台湾とはなんぞやということを根源的に世界史的に考えたこともないでしょう。(中略)(チベットや内蒙古と同じことを)台湾でやるなら世界史の上で人類史の災禍になりそうですね」

(司馬遼太郎『街道をゆく40 台湾紀行』朝日文芸文庫 381-382頁)

書面に残っている、いや敢えて残した台湾の中国に対するメッセージ。おそらくこの二人は当時の中国の台湾認識に対し、内心鼻でわらっていただろう。

これは去年おととしの話ではない、1994年春の話である1
それから26年、『台湾紀行』の文と現代を比べてみるとわかるとおり、中国の対台湾政策は何ら変わっていない。江沢民が習近平になっただけである。おとなしくオレの言うことを聞け、言うこと聞かないと殴るぞ。この一点張りである。
胡錦濤時代は、当時の馬英九政権が自ら懐に飛び込んできてくれたおかげもあって比較的イージーモードだったが、習近平は現政権をハードモードどころか、ルナティックなほどにハードルを上げてしまった、自分の発言で。

そして、過去の中国の事例を見ても、彼がそれを反省し今後に生かすことはないだろう。

なぜなら、「おとなしくオレの言うことを聞け、言うこと聞かないと殴るぞ」を香港に適用してしまったからである。

香港の若者の声

2019年、香港は揺れに揺れた。いわゆる「反送中」からはじまった香港デモの嵐に対し、北京と香港当局は警察による暴力で回答した。

香港デモの参加者の多くは、20代の若者である。いや、中には高校生も大勢参加していた。彼らの大多数は香港という故郷にアイデンティティを持っている。故郷への愛、日本人から見ると、何を言っているのだそんなの当たり前ではないかと思うだろう。しかしそれが北京当局にとっては非常に厄介な「政治思想」なのである。

それが、強烈なほどの故郷愛を持つ台湾の若者を刺激した。中国の言う『一国二制度』を受け入れるとどうなるか、彼らは身をもって知ったのである。

「今日の香港は、明日の台湾だ!」

これが台湾の若者たちの合言葉になった。彼らも選挙を行こうアピールを繰り返し、海外在住者も投票だけに帰郷する人で空港は混雑した。

蔡英文政権も、この流れを利用した。彼女の演説には常に「香港」の文字が上がっていたが、香港の若者サイドに立つことにより台湾の若者の支持を取り付けることに成功した。選挙前日の民進党大会でも、当日の街頭での支持者の集会でも、

「光復香港 時代革命」

という香港の黒い旗がなびき、

「香港加油!」

というコールもたびたび起こっていた。今回の選挙は、実は台湾と香港の共同戦線でもあったのである。中国はそこも完全に見落とした。

中国当局もおそらく、

「蔡英文は死んだ。次の選挙で国民党に交代する」

と踏んだのだろうが、それこそ台湾のことを、少なくても26年間何も勉強していない証拠であり、証明ともなった。

台湾人は、800万票という民主主義で中国、習近平に回答した。中国人は札束で人の頬を殴るが、台湾人は票束で頬を殴ったと言える。殴られた方の気持ちや如何。

Twitterで、こんなツイートがあった。

先ほど、台湾のあるネット番組の選挙特番で、蔡英文総統再選を助けた5人の部外功労者の筆頭に、中国の習近平がめでたく選ばれた。それを聞いて大笑いした!

石平氏のツイッターより

今回の選挙を映画にたとえるならば、現在でも身体と生命を張って闘っている香港の若者たちは「助演男優賞」である。しかし、習近平も「助演男優賞」受賞は間違いなし。この選挙で彼ほど貢献した「脇役」はいるまい。

次の記事は、日本のメディアは圧勝と言うけれど、立法院の方はどうなのだという考察を。

後編:2020年台湾総統選挙 立法院選挙は本当に「勝った」のか?

  1. 司馬はこの2年後に死去。
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