2024年12月、韓国のユン大統領が戒厳令を発したことによる政治的混乱が発生したことは、まだ記憶に新しい。
「戒厳令」がSNSのトレンドワードになったこともあったが、結果的に「世界一短い戒厳令」として記録に残ることとなった。
韓国が「世界一短い戒厳令」として名に残ったのはよい。
では、世界一長かった戒厳令はどこか。

よく言われるのは台湾。
台湾は、今でこそフリーダムが過ぎて少しベルトを締めた方がいいんじゃないという民主主義地域として知られているが、それ以前は中国より息苦しい警察国家。
台湾の戒厳令は38年間続き、それが「世界一長い戒厳令」とされている。
中華民国(台湾)では、中国国民党の蔣介石政権下の1949年(民国38年)5月19日に台湾省戒厳令が台湾省に布告された。その後、蔣経国総統が五一九緑色運動の高まりを受けて1987年7月15日に解除するまで、38年間もの長期に亘って施行され続けた。これは世界最長の戒厳体制である。
Wikipediaの「日本語版」にもこう書かれており、日本人の間ではけっこう知られた事実である。
というか、60歳以上の方は実際に戒厳令下の台湾を旅行したり駐在したり、幼い頃に父親の赴任で住んでいたという人もいるだろう。
今年51歳の筆者から見ても、さほど昔とは感じない。
が!
英語のWikipediaではどう書かれているのだろうか。
This qualified as “the longest imposition of martial law by a regime anywhere in the world” at that time,but has since been surpassed by Brunei and Syria.
「(台湾の戒厳令が)世界で最も長い戒厳令とされているが、ブルネイやシリアに抜かれている」(wiki英語版より。翻訳は筆者)
なんと!台湾より長い戒厳令があったのである。
今回は、そんな「シン・世界一長い戒厳令の国」を旅していこう〜。
シリア

韓国の戒厳令と同じ時期、中東のシリアのアサド政権が崩壊した。こちらも記憶に新しい。

アサド政権は、ロシアに亡命したバッシャール・アル=アサド大統領の父であるハーフィズ・アル=アサド、いやその前から始まった。以後、ややこしいのでハーフィズを「父アサド」、バッシャールを「子アサド」と呼ぶ。
バアス党の一党支配による独裁政権を敷いていたが、元は1962年12月に施行された非常事態令(法)で、翌年3月8日のバアス党によるクーデターで政権を掌握したバアス党は、その非常事態令を継続させた。
なお、クーデターには当時33歳だった父アサドも参加しており、国防省に就任している。
1970年にクーデターを起こして政権を掌握した父アサドの後も非常事態令は継続され、2000年に父アサドが死去し子アサドが後を継いでもそれは解除されなかった。
子アサドになってからもバアス党、いやアサド家による絶対王朝のような時代が続いたが、中東に「あれ」が起きる。

「アラブの春」である。
エジプトやチュニジア、イエメンなどの国で民主化を求める民衆による運動が一斉に起きたが、シリアでもそれは例外ではなかった。
狼狽したアサド政権は、同年4月に非常事態令を解除し法案を可決させた。
非常事態令発令の期間は48年間、台湾の38年間を余裕で抜いている。
しかし、シリアはそこから泥沼の内戦に突入、2024年まで大国の思惑も絡みながら数多の血が流れた。
蛇足だが、筆者は1999年にシリアを旅行したことがある。父アサドが死去する約1年前のことである。
首都ダマスカスでのイスラム教・キリスト教・ユダヤ教の共存の不思議さ、至るところに父アサド大統領の肖像画が掲げられ、なんだか北朝鮮チックだったこと、独裁政権なんて微塵も感じない人々のやさしさ、砂漠の遺跡の真ん中になぜか湧く温泉に入ったこと、そしてチキンの美味さが印象に残っている。
ブルネイ
「ブルネイ」と聞いて、あああそこか!とわかる人は意外と少ないかもしれない。あるいは、名前は知っていても場所まではわからない人の方が多いかもしれない。
正式名称は「ブルネイ・ダルサラーム国」という都市国家で、アジア有数の産油国としても知る人ぞ知る国である。
日本とのつながりも深く、ブルネイの石油・天然ガスのほとんどが日本向け。というか日本が独占していると言ってよい。それだけに、地味ながら日本にとって重要な国の一つである。

そんなブルネイは、建前上はスルタンと呼ばれる国王が君臨する立憲君主制の国である。
しかし、実態は…。
その背景は、1962年のブルネイ人民党による反乱時に「非常事態宣言」が出され、憲法の一部が停止された。ちなみに、当時は香港と同じくイギリスの統治下である。
1984年にイギリスから独立した後も「非常事態宣言」は継続され、それを名目に国王が首相・国防相・財務相・外相を兼任。つまり、人事権・予算編成権・そして武力を一手に握ったということ。
さらに国会議長も兼ね、法律は国王の勅令として発布される。
行政権と立法権を握る、事実上の絶対君主である。
1962年施行の非常事態宣言は現在も生きており、その期間は49年。しかも現在進行形で継続中である。
なお国王は、2012年には振り込め詐欺の被害に遭い、約2億円の被害に遭っている。
こんな国だが、政治に対する不満はほとんど発生していないという。
理由は一つ、豊かだから。
ブルネイの2024年のGDPはUS$154.6億。約4兆ドルの日本の100分の1である。
が、一人当たりGDPとなると約$34,000で日本の$32,000より多い。
しかも、所得税がなく医療費も無料。確か海外留学も全額国がお金を出してくれたはず。
明るい北朝鮮どころか理想の北朝鮮。「石油出まくり北朝鮮」はさすがである。
おわりに
日本語Wikiでは書いていないのに英語では書かれている…英語圏ではこれが常識。これに関しては、日本だけ置いてけぼりなのである。
かくいう筆者も、かつて台湾の戒厳令についてコメントしたら、

日本人まだそんな古い情報なの?シリアやブルネイの方が長いしwww
と鼻で笑われ、調べてみたらそうだったと。
