先日、台湾に残る旧制高校の面影を紹介してまいりましたが(リンク先は巻末で)、このシリーズを書くために、いろんな方向から資料・文献を参考にさせてもらいました。
ネタをひらめいて書き終えるまでが作業なら、その作業のほとんどを占めているのが、文献資料とのにらめっこです。書籍やPDF化された国会図書館の蔵書などと向き合う時間が長いのですが、今回その一つに少し変わった本があります。
『台北高校物語』という、台湾人が台湾で描き台湾で販売されているマンガです。
日本ははるか昔よりいろんなものを擬人化する傾向がありますが、妹分である台湾にも伝染してしまい一時「擬人化ブーム」が起きました。その擬人化は独特の変化をとげ、桜えびまで及んでしまったようです。擬人化にはある程度免疫があるつもりだけれど、もうここまで来たらついて行けない…。
さらに10~20代の若者を中心に広がっているのが、日本統治時代再評価の動き。これを「懐日」といいます。この「懐日」は親日がどうだではない、台湾人のアイデンティティ問題があるのですが、それはまた機会があれば。
その「擬人化」と「懐日」が合体した究極の形がこれです。学校、それも日本統治時代の旧制高校を擬人化してしまったと。擬人化ここに極まれり。擬人化家元の日本もビックリの発想です。
作者の陳中寧氏は『台北高校物語』を描いた当時、国立台湾師範大学の美術学部の学生でした。歴史には特に興味がなかった作者ですが、ある日旧制台北高校の資料室を見て、自分の学校にはこんな歴史があったのか!といたく感動。
そこで興味が湧き、師範大学の教授で日本統治時代史が専門の蔡錦堂先生の授業を受けてました。そこでさらに視野が開け、歴史の面白さに目覚めたそうな。
その講義のレポートを提出する時、蔡教授は学生たちに伝えました。
「レポートの提出方法は不問」
そのとき、台北高等学校の歴史を趣味と専攻を兼ねたマンガでレポートにしようという直感が働き、ノリ半分で台北高校の歴史を漫画にしました。それが『台北高等学物語』の草案でした。
蔡教授はそれを見て実によく出来ていると評価、これを改善の上書籍化しようという動きとなりました。そうなるとなまくらな歴史知識ではダメだと、台北高校や日本統治時代について猛勉強。その後、2013年に出版されたのがこの本という流れです。
私がこの本を知ったのは、台湾へ来たからでした。何で知ったかは覚えていませんが、ブログを書くための台高の資料をググっていると偶然引っかかったのでしょう。
台北高校をネタにすることは渡航前からの確定事項だったものの、これは是非読んでみたい。少し予定を変更しこの本の購入計画となりました。
買おう。ではどこで?
「台北高校物語」なるマンガがあることはわかった。ここで問題が一つ。さて、どこで売っているのやら。
台北の市街地には、重慶南路という本屋街があります。
(日本統治時代の本町通り。今の重慶南路)
この重慶南路は、日本統治時代には「本町通り」と呼ばれ、「本町」という日本人が多く住む地区の中心地でした。当時の住宅地図を見ても、戦前の日本と何ら変わらない屋号が並んだ店の名前が道の両側に並び、日本の銀行の支店もある台北一の繁華街でした。
ちなみに、台湾の嘉義農林が甲子園で大活躍した映画『KANO』内で、甲子園への予選(全島大会)中に嘉義農林の選手たちが泊まった「旅館たいほく」が、この本町の3丁目にあったという設定になっています。
フィクションとは頭の中で十分わかっていても、本当にあったかとりあえず調べてしまうのが私の性格というか癖、古地図で調べてみると…やはりフィクションでした。ただし、本町1丁目に「ホテル台北」が実在していました。
本屋街だからどこかにあるだろう。そんな皮算用で書店という書店にローラーをかけてみたのですが、全くと言っていいほど収穫はなし。
重慶南路の本屋にローラーをかけてみて気づいたのですが、ここは専門書や受験用参考書など「比較的硬派な本」が多く、マンガなど「軟派な本」はほとんど置いてないということがわかりました。お目当ての『台北高校物語』は見つからなかったものの、「お硬い本屋街」ということに気づいただけでも収穫でした。
ないのはわかったが、かといって広い台北市内の本屋をノーヒントでローラーするのは無茶にもほどがある。
半分諦めていたところ、ある場所のことを思い出し、思わず膝を叩きました。そうか、「あそこ」があるじゃないかと。
NEXT:台北にある「あそこ」とは!?