「唐辛子娘」とは?
何を唐突に産経新聞が一国の大統領(総統)を「唐辛子娘」と呼び出したのか。
一言で言ってしまえば、「辣台妹」をどうやって日本語化しようかと産経の中の人が必死に考えた結果なのだろう。
さて、「辣台妹」とはどういう意味なのか。中国に対して毅然とした態度を取る彼女に対するあだ名ということは前述したが、人文字ずつ訳すと
辣=辛辣(日本で言う塩対応に近いか?)
台=台湾
妹=(特に若い)女性
となる。「辣妹」で言わばギャルのような意味となるので1、「辣台妹」は「辣な台湾女」、つまり「台湾ギャル」という意味になる。
「唐辛子娘」は、「辣台妹」をベースに日本語訳したのは確実だが、本文にあるように
選挙戦では唐辛子の絵が描かれた宣伝ビラを配った。
というのを掛けたのだろう。
頼清徳=プリンスの何故
頼神の方は、「(独立派の)プリンス」ということだろうが、何故「プリンス」なのか。台湾人もわからんと頭を抱えているようだ。
が、私は推測ながらピンときた。
彼はハーバード大学医学部卒の英才なのだが、彼に限らず漢族系はたいてい英語名(イングリッシュネーム)を持っている。ジャッキー・チェンやトニー・ウォンなどが例だが、頼氏の英語名はWilliamである。
Williamとくれば英国のウィリアム王子。直近で弟のヘンリー王子が王室を離脱するというニュースもあったので、「プリンス」の名付け親はこれが思い浮かんだのかもしれない。
また、頼氏はその人気と実力から、近い将来の総統候補として台湾中はおろか台湾通の間では暗黙の了解だった。総統になるかならないかではなく、「いつ」なるかが焦点であった。
2019年12月、再選を目指す蔡英文氏が副総統候補に彼を指名した時、私がまっさきに浮かんだのが三つ。
「どえらい人を持ってきたな」
「これで(来月の選挙は)蔡さんの勝ちだな」
そしてもう一つが、
「次(2024年)の総統はあなたという条件だな」
これで蔡英文氏が再選すれば、2024年は頼清徳氏にバトンタッチ、政治的にチョンボしなければ(副総統は職務上、大きなチョンボは少ないと思うが)次の総統へのルートは確定という約束を頼氏が取り付けたか、蔡氏がそれをエサに釣ったか。
この二人、それまでの仲は悪いというわけではなかったが、正直良くもなかった。が、中国が表に裏に台湾に手を伸ばす中、いがみ合っている場合ではないと、誰か、おそらく陳菊秘書局長2あたりが、大局を見据えて間に入ったのではないかと私は推測している。この二人に首輪をつけることができるのは、台湾2300万人いれど、李登輝さんか陳菊さんしかいないだろう。
中国は蔡英文氏を「独立派」と連呼しレッテルを貼り、日本の一部メディアも情けないことにそれに追従しているが、私に言わせれば、彼女が「独立派」なら頼氏は前にSUPERがつく「独立派」。
蔡氏の対中政策は、実はむしろ穏健派。第一次蔡政権の人気が急激に落ちたのも、中国に対して「甘い」から。
中国も中国で、蔡英文なんざ無毒の蛇と思っていじめていたら、マムシ(頼清徳)が出てきた上に、選挙では800万票のお土産つきと花を添えてしまった。国際政治版「藪をつついて蛇を出す」として後生に語り継がれるお笑いネタである。
私の仮説が合っているかどうか、それは4年後に答えが出ることだろう。
それはさておき、産経が何を思ったか「プリンス」と名付けたのは、この由来があると思われる。本当の理由は産経の台北支局にでも聞いてみないとわからないが。
「唐辛子娘」、盛り上がる
この記事が出て数時間後、台湾ネットでは
「唐辛子娘!?」
とこのネタに食いついてきた。
「唐辛子娘、ワロタ」
「なんだこの珍翻訳はwwww」
「日本人のセンスに嫉妬ww」
「あら、意外とかわいいじゃない XD」
「唐辛子娘とプリンス…バンド名みたいだな」
などなど、台湾人の牙城FBで大盛り上がり。
(出典:https://www.plurk.com/p/nne5ph)
出るだろうな…と思ったら、やっぱり出た。ちなみに、このブログ記事のアイキャッチも台湾人がネタに作ったものだと思う。
翻訳は難しい
と私も悪ノリしてブログネタにしているのだが、中国語の実務翻訳者として第一線に立っていたことがあった身分としては、産経の「唐辛子娘」の生みの親の努力もすごくわかるのである。おそらく上司あたりから
「即決で訳せ」
などと言われ、考える時間がほとんど許されていないハンデの中、絞って絞って出てきたのが「唐辛子娘」なのだろう。「辣台妹」を直訳すると「台湾ギャル」なので、
「蔡英文さんは『ギャル』ちゃうやろ」
と上司に却下された場面も、なんとなく思い浮かぶ。なので、ネタにはするが翻訳者に同情を禁じ得ない。
で、お前は「唐辛子娘」と「辣台妹」のどちらがいいのかって?それは台湾人の皆さんにお任せする。私が決めることではない。
ただし、1年後くらいに蔡英文総統のあだ名が「辣台妹」から「唐辛子娘」に変わっていたら、それは産経新聞のせいであることは間違いない。