写真・絵葉書で語る台湾史-烏来

ウライ蕃社(烏来)サムネ 台湾史

台北の郊外にある烏來。天然温泉と、落差の大きい滝で有名な、台北に一番近い景勝地の一つであります。台北駅からバス一本、もしくはMRTとタクシー・バスで4~50分、日帰りでも十分可能な観光地のため、週末には各地からの人でごった返します。

人口は6,212人1、うち原住民のタイヤル族がその半分近くを占めています2。烏来は「地方制度法」という法律によって原住民の自治が大幅に認められ、新北市に属しながら独自の行政権を有していることは、日本ではあまり知られていません3

タイヤル族は元々、南部の南投あたりを根拠としているのですが、北部の烏来にいつ、なぜ、どのようにやってきたかは、はっきりしていません。

「烏来」は「ウーライ」と読みます。タイヤル族の言葉で「温泉」という意味で、細かく書くと”Kiluh-Ulay”(水が熱い(から)気をつけろ)の後半が町の名前になっています。彼らによって、現在も観光の目玉になっている温泉が発見されたのですが、タイヤル族がここに定住したのは「ウーライ」があったからだろうと、私は過去に思いを馳せています。

1895年、台湾史の大きな転換点である日本による統治が始まりましたが、台北からも近い温泉の地を、名実ともに世界一の温泉大好き族の日本人が見逃すわけがない。日本統治時代の50年の間に、烏来は「タイヤル族が住む秘境」から「温泉郷」へと変化したと思われます。

1935年の台湾総督府発行の観光ガイド、『台湾鉄道旅行案内』には烏来までの交通路が書かれています。戦前は萬華から新店まで台北鉄道という私鉄が走っており、そこからバスや川を上ってというルートでした。

1935年台湾鉄道旅行案内烏来

『台湾鉄道旅行案内』には烏来の風景も掲載されていますが、タイヤル族が鮎釣りにいそしんでいると解説されています。ここでは鮎が釣れたようだ。

 

1935年(昭和10)の内地からの旅行者向け小冊子には、このように書かれています。

烏来
台北付近で一番近い(観光)処で、蕃地を見学するには温泉もある烏来が良い。(中略)付近には「ラハウ」「リモカン」「阿玉」などの蕃社があり、蕃情を充分観察することが出来る。
(出典:『台湾の旅 始政四十周年記念台湾博覧会』)

1930年代後半には、烏来はすっかり温泉郷としての観光地になっていたことが、当時の文献からわかります。

台湾には、日本語から変化した「あさぶる」という言葉が残っています。
日本時代、内地からやって来た清潔好きで温泉好きの内地人は、朝から晩までお風呂三昧。特に、朝から風呂に入る「朝風呂」は当時の台湾人にとってかなりのカルチャーショックでした。

朝から風呂に入るなんてヘンな奴らww

当時の台湾人の内地人に対する文化的違和感が、「あさぶる」という言葉になって現代に残っているのが興味深いです。語源はもちろん「朝風呂」、”阿薩布魯”という立派な(?)漢字まで存在しています。この言葉の意味は、現代では「めちゃくちゃ」「非常識」というニュアンスらしく、華語でいう”亂七八糟””沒規矩”に相当するそうな。

このように台湾には数々の日本語が生活の中に残っています。中には

「これって元は日本語だったの!?」

と台湾人の方が驚くほど、意識していないものも。

タイヤル族の言葉の中にも残っています。彼らは盃に注がれた酒を2人で飲む習慣がある。それを「アイノミ」と日本語で表現するそうです。おそらく「合い飲み」が語源なのでしょう。

 

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昔は相当暴れていたこともあるが…

ここに1枚の絵葉書があります。

ウライ蕃社烏來日本統治時代

日本統治時代に発行された絵葉書ですが、いつ頃のものかは不明です。おそらく、写真に着色したものだと思われます。バナナかパパイヤか、南国の果実の樹が生え、南国情緒が見る者の興味をそそる絵ですね。外地とは言え、「国内」にこんなところがあるのかと。

 

この絵葉書で面白いのは、右上に書かれている解説です。

烏来絵葉書昔は相当

さりげなく書かれてますが、

「昔は相当暴れていた事もあるが」

と絵葉書に書かれています。タイヤル族はかつて出草(首狩り)の習慣もあった、戦闘民族という書き方は語弊があるけれども、武勇を重んじた原住民。日本統治時代初期も、「新入り」に対して勇敢に抵抗したものと思われます。が、時間と理解が深まり「従順」になったという経緯いきさつです。

おそらく死者が出て多くの血が流れただろう、「相当暴れた」彼らとの戦いですが、その文字はいつしかユーモラスに思えるほど、この1枚の絵葉書に見える歴史の1ページでした。

 

台湾史を知る書籍
  1. 2016年のデータ。
  2. 他にも、アミ族がごく少数いる。
  3. 「烏來區公所」は新北市の出張所ではなく、彼ら独自の行政機関。

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